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毎日日記を書くことを目標にしています

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一旦愚痴を吐かないとまともなnoteも書けそうにないので殴り書き。強い怒りはない、ただことしやる〜?運営センスねぇなと思っている。一昨年の堂岐を、去年の堂岐を、あるいは今年の復活してからの堂岐を見てなんでそう思う。何を見てたんだよ価値を何もわかってねえな、活かし方俺のがわかってるよ絶対に。

 

てかこれは自論なんですけど、Mリーグって一人だけ入れ替えて成功した事例ない気がします。強さも人気も必ず二人入れ替えで成功してる。UKを入れたパイレーツ、太浅見をいれたドリブンズ、げんたかきをいれたセガサミーはわかりやすい。ビーストもげきりおをいれて今年爆発した。風林火山だって今年は二人入れ替えだ。逆に一人入れ替えといえば、近藤誠一からの醍醐大。内川幸太郎からの阿久津翔太。ぜんぶチームにハマるのに時間がかかっている。そりゃそうだ、既存の四人から一人入れ替えてすぐチームとして役割が決まる方がおかしい。人気だってなかなか伸びないだろう。既存の四人が好きな人からは、反感を買う場面すらあるかもしれない。そこを二人同時に入れることで元々の四人の色を薄くし、新たな二人の関係性で売り出していく形が取れる。UKなんて最たる形だろう。あれは仲林圭がUKという形を作り出したのがうますぎたと思っているが。

 

てか"げんたかき"をUKひいてはタキヒサに育てていくことはできたのではないでしょうか。なんか今日突然、竹内元太が浅井堂岐の近所に引っ越したとかいう関係性オタク大歓喜情報が投下されたというのに。ほっといてもなんだかんだ仲良くやってるんだから、うまいこと焚き付けて仲良しグッズでもうりゃよかったのに。ショート動画も最近伸びてただろ。全力でコンビ売りしろよ。とりあえずくっつきアクキーまだですか?ランダムでもやったるわ 収益がとかいうなら浅井堂岐復活記念グッズでも出すべきだった。それもやってなお売れねえわ!っていうならまだ納得できる。まずあるも何もグッズ何種類出てるんだよ、セガサミー独自のグッズは別にそんな多くない。ランダムでも黙って買ってきたけど、それで収益いわれるのちょっとむかついてきたな。ランダムでもら文句言わずに買ってきたこっちの身にもなってくれ、だったらグッズを出せもっと。バラエティとませてから収益を語ってくれ。イベントとか全部埋まってるだろうしどう考えてもグッズ売上見て言ってますよね?ちなみに仙台のイベントの時の同卓チケット、堂岐は爆速で埋まってましたよね???ね???グッズ出すにも金かかるから収益が合わないっていうならそれはもう堂岐一人で改善する問題ではない。てか東城りおをだすな。そりゃ東城魚谷時代ほどの収益は出てないだろうよ。優勝するつもりのメンバーで人気と収益を2年で追い求めるな。企業さんはやることが多くて難しいね。大変やね。てかこと来年の利益だけ求めたら今年のメンバーの中で堂岐が一番見込めませんか?あるいは茅森さんの二番手じゃないですか?本当にまあセンサのないタイミングでの解雇ということで。

 

まあ結論(人気と収益面を改善していくにあたって)成績が悪かったから選ばれたという話らしいので、本当にこの一年病気でフルで打てなかったのは悔やまれる。マジで一生強くなってくれ。見返そう実力でも人気でも。絶対できるよ。浅井堂岐のいないMリーグなんてって言わせよう。

てか冷静に考えると「人気と収益が伸びなかった」から「成績の悪い選手を選んで切る」というのがまず面白すぎる。改善点が明確ならちゃんと人気と収益で選べや。いや代わりに誰が切られたらいいとかではないんですが、それにしても理由付けがなんとも納得いかねえや。

 

ところでこれは愚痴なので忘れてください。私は私のできることを手の届く範囲で進めます。

追悼

会社の人が亡くなった。朝礼でそう聞いただけなので、細かいことは知らない。ただとにかく一昨日か、昨日か、今朝か。亡くなったそうだ。金曜までは生きていたので。享年三十半ば。彼は正確にいえば、グループ会社の他社の営業の人で(ただ、執務室はおなじだから、ほぼ同じ会社である)そんなに親しかったわけではない。夏頃に転職してきてまだ1年も経っていない。下の名前もわからないぐらいの相手だ。ただ、このジャンルはこの人というような得意分野があって、それでわかんないことがあるたび散々お世話になっていた。最後に話したのは三月三日だった。そこまで毎日話す相手ではないから、私の中ではかなり直近な気がする。珍しく向こうから会社携帯に「お疲れ様です!事務所いらっしゃいますか?」とメッセージが届いた。そもそも他部署で(実際には他社ですけども)営業としても大先輩で、私に連絡が来ることなどない。来るとすれば、会社ではパソコンちゃんとして名が通っているので(専門知識があるわけでなく人よりちょっと検索なれしているだけであるが)、なんか上手くコピーできないからやってくれだとかメールの自動仕分け設定してくれとかそういう話かと思ったら、過去に私が取り扱った物件の近くの物件を検討しているから教えてくれという話だった。実際には私なんかに聞かずとも、検討はできただろう。だから、すごく嬉しかった。私が過去に考えて社内共有したものが、誰かの頭の中に残っているということが。実際エリアが近かったわけでも、物件が似ていたわけでもなくただ墨田区という一点だけで思い出してもらっただけだが、私の時はああでしたこうでした、結局こうなりましたとわかる全てを教えた。いつも教えてもらっている分にはまるで追いつかない。役に立ったかは今となっては全くわからない。今思えば、丁寧なメッセージも、仕事への向き合い方も、素敵な大人だった。

一通りの話をした後に、私からも一件案件の相談をした。それはいつかその人に聞かなきゃなと思いながらも、後回しにしていた物件だった。西武新宿線沿線の収益物件。まあ、うちの会社ならまず真っ先にその方に聞けという案件なのだが、あんまり頼りすぎるのはちょっとなという躊躇いとほんの少しの怠惰でこちらから声をかけることは憚られていた。これ以上ない絶好のチャンスに物件を見せると、「ああこれね」とご存じの様子。そこからあれやこれやと見解を教えてもらった。自分も知ってるぐらい有名な物件であること、この賃料じゃ中々埋まらないんじゃないかということ。極め付けに「NET7%ぐらいならいいんじゃないですかね。あ、それで表面8.5%いかないならそっちで合わせた方がいいっす」と明確な数字を聞いて、私は急ぎメモをして退席した。彼の言葉を元にもう一度計算をしなおす。嗚呼、私の査定金額とは全然違うな。これ一旦取引先に謝らないと...と思いつつふときづく。NET7%ならいいんじゃないかって言ってたけど、これってうちの買う金額が7%なのだろうか、それとも売却時の利回りだろうか。まあどちらにせよ、これでは購入が厳しいのは変わりない。とりあえず、これを取引先に謝って話がどう進むか分かってからでいいや。そう思っていたら、亡くなってしまった。私はもう永遠にこの答えを知ることはできなくなってしまった。たぶんこの会話がなければ、私と彼の思い出は何もなかった。飲みに行ったこともないし、特段印象的な関わった案件もなかったし、その程度の距離感の人だった。ただ、私が答えをきくのを放置していなければ。今朝、情報元の取引先に「ごめんなさい、私の査定だとこの金額だったんですけど、社内で共有して相談したらこうこうこういわれて」と謝りながら、付け足した「うちの利回り目線はNET7%ぐらいなんですけど、ただそれを教えてくれた方がお亡くなりになって...」。そんなことあるかよ、と思ったことだろう。言い訳でも逆にでてこなそうだ。もういちど金額はかえしますといったから、これから調べ直さなければならない。調べ直して、おそらくあの人が言ったのはこちらの意味だろうなと、ニアリーイコールの結果までは導き出すことはできるかもしれないが、完全な意図は一生わからない。あの人にはもう会えないから。困った、本当に困った。聞いとけばよかった。これから私は西武新宿線に乗るたび、結局あの物件の利回りはどうだったのだろうと思い出すことだろう。忘れられなくなってしまった。どうしてくれるんだ、火曜日の自分。一生答えを知れないじゃないか。こういうことが起こるから、感謝と謝罪と興味は早々に伝えた方が良い。急にいえなくなるぐらいなら、言う勇気など大したものでもないだろうと思う。忘れてしまいがちだけど心に刻みたい。

退勤前、ふと会社の書類ファイルロッカーの上にに写真が置いてあることに気づいた。何かと思ったら亡くなったその方の新しいアー写だった。うちの会社は、各自の個人ロッカーにそれぞれの白黒写真が貼ってある。ポーズも自由で、定期的に撮り直し新調されるそれを私はアー写と呼んでいた。見たことのないポーズだったから、それは新調された後のやつだろう。そういや、最近会社の新卒採用のマイナビに乗せるために写真を撮っていたから、それを使ったのかもしれない。かっこいい人だった。例えるなら、津田健次郎か坂本誠志郎かみたいなかっこよさだった。めちゃくちゃ魅力的な写真なのに、この子はロッカーに貼られずに終わるのかと、誰にも見られずに終わるのかと思うと悲しくなって、こっそり写真を写真に撮った。今思えば、もしかしたら、あれは遺影だったのかもしれなかった。

ご家族の方に、あるいは同じ部署の人に比べれば、私の悲しみなどちっぽけでごく自己中心的であって、故人に伝えるほどでもない。お昼ご飯の弁当を食べながら、「〇〇さんに聞きたいことがあったんですよ。ききそびれちゃったなぁ」といったら、先輩が「俺もあったよ」といった。「結局飲みにいけなかったな」という先輩もたぶん悲しかったのだろう。深く付き合いがなくとも、そういう小さな心残りはあって、ただそれを悲しみとして表明するにはあまりにも深い悲しみを持っている人たちがいる。きっとこの悲しみは数年後には忘れているかもしれない。固有名詞のわかる人には話せないから、むしろ、固有名詞の伝わらない相手にこそ聞いてほしい話かもしれない。どうか安らかに。ご冥福をお祈りします。

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マジでこんなのあげたくないんだけど私が文字を書いて気持ちを整理するタイプだから許してほしい。これはネガではないし俺は浅井堂岐プロの大ファンでとにかく無事で戻ってきてほしいしでも前向きなツイートをするにはもうすこし時間がかかりそうなので。てかちょっと普通に泣いてる。以下全ては自分語りなので別に読まないでほしいし読んだ人は浅井堂岐さんの復帰を願ってほしい。だったら公開しなくてもいいだろ?わかる。多分しばらくしたら消すし美しく搾り取ったらnoteを書く。noteとはてブロ、実はきっちり使い分けている。

 

推しが死ぬのがトラウマになっているなと時々自覚する。この五年ぐらいで推しが三十代で二人も亡くなっているから、なんか本当に割と謎に推しの死が身近にある。ふとTwitterをスクロールしたら訃報が並んでいる日の三度目は絶対に味わいたくない。だからこの一週間ずっとそわそわして通知を見続けてそんな生活だったから、このままだったら表向き黙っているだけで一生囚われるところだった。そんなところでご本人の意思でご家族から公式の報告を出していただけたのは本当にありがたかった。今年の一月にそれこそ上司が勤務中に突然病院行ってくるといったかと思えば脳梗塞で、そのまま緊急入院になったので、本当に病院に行ってくれてよかったとただまずそれだけを思う。マジで上司が無事なおかげで私がある程度冷静でいられている。明日行ことかしなくてよかった。病院は早ければ早い方がいい。というか体調不良が発覚したのがMリーグの会場だったのはマジで不幸中の幸いだと思う。これが家だったら、明日でいいやとなったかもしれない。きっとフェニックスのメンバーもスタッフさんもMリーグの関係者の方々もみんな気にしていろいろ対応があったことだと思う。この一夜で何か変わった可能性も大いにある。ありがとうMリーグ

 

生きててくれてよかったなと率直に思った。最悪が起きる可能性を一応想定してはいた。嫌なことに経験がある。よかった。本当に。生きていてくれればいいかなと思う自分もいるし、なんとしてもMリーガーとして戻ってきてくれと思う自分もいる。浅井堂岐という人が好きだし、麻雀プロ浅井堂岐が好きだ。麻雀してなきゃ好きじゃないなんて思ってないけど、麻雀プロとして何よりも好きだから嗚呼混乱。そういや規定に達してないけどMリーグはどうなるんだろう。うちの上司ッピと同じ感じなら、今年中の復帰もあるかもしれないが、焦ってほしいわけではない。なんか上手いことなって欲しいなとぼんやりと思うけれどそもそも規定にならなかった場合の罰則がどうなのかすら知らないし、とりあえずフェニックスを応援することが第一義だ。堂岐さんが不在であろうと、心はセガサミーフェニックスにある。何としてもレギュラー突破、そして連覇しましょう。まだまだこれから。

 

もし最悪が起きたら、一生北海道に行けなかったことを後悔するところだった。推しより友達を選んだことに後悔はしたくない。マジで。そういえば少し前に人生を反省して、もうすぐアラサーなわけだしいい加減友達を大事にして彼氏を作って結婚でも見据えて仕事を頑張って現実に地に足をつけて生活しようと思っていたんだけど、もう本当にそれどころじゃなくなった。ちょっと前にやっぱりこの世に誰一人として人生の同伴者がいないのは悲しいことだよなと、私にはいらないからいないんじゃなくて私を選ぶ人がこの世にいないだけなんだよなと思ってかなり優先順位を変えていた。具体的には最近またマッチングアプリをがちっている。でもマッチングアプリの男との当たり障りのないメッセージに返信したところで、この人たちは誰も私がこの世で一番応援している男が入院して悲しんでいることを知らないんだよなと思って突然冷めてしまった。私が話していないのが悪いけど、私は浅井堂岐さんのことしかかんがえてないよ。でもこの話を見ず知らずのマッチングアプリの男に話す気はあんまり起きない。いつか話せる相手が生まれるだろうか。会社で堂々と浅井堂岐推しを名乗っている割に、どんどん大切になっていって心の柔い部分になってしまった。浅井堂岐に私はいらないけど、私には浅井堂岐が必要なんです、もうこれって根底なんですよ。少なくとも今の私にはそう。辞めればいいじゃんとかそんなのりでやめれたら私は麻雀など覚えてはいない。ああもう、誰も何も言ってないのに全く何も悪くない人たちに、無性にむしゃくしゃしてしまった。マッチングアプリって向いてないかもしれない知らんけど。てか普通にLINEもそう。うちの同僚はみんな私がタカキという謎の男を推していることを知っているし、人によってはそれが麻雀プロだとも知っている。当然気づく人もいるわけで何故か知らないが私に堂岐、、とLINEが来ている。返せる余裕がないから無視している。なんて返せばいいねん。うるさいほっといてくれ。君に知らされんでも知っている。「そうなのー🥲心配」とでも返せる元気はない。あれから心配しなかった日はない。

 

普通に全然推しより先に死にたい。これは希死念慮ではなく、推しが永遠であってほしいだけだ。残念ながら私に死ぬ勇気はないから、推しが不老不死になってほしい。FOEVER堂岐。誰よりも愛してるから戻ってきてくれ。私の身一つで、一方的な愛でどうにかなるならいくらでも捧げる。私の身一つで足りないというなら、麻雀の神様、浅井堂岐さんには全国1億人の浅井堂岐ファンがついています。絶対に絶対に守ってください。俺たちのタカキはこれから羽ばたくんです。多くの人に知ってもらって、大活躍して、いや全部まだこれからだから。こんな道半ばで終わらせさせねえからな。こないだの四暗刻のあとに会った時に「浅井堂岐といえばこれという代表的な和了が欲しかったからよかった」といっていて、これから四暗刻と共にMリーグ史に刻まれるぞ~🎶やったね❣️と思っていたけど、代表一個如きで浅井堂岐のMリーグ史を終わらせられるわけないだろ!沢山あがって沢山勝ってMリーグの浅井堂岐切り抜きが10000個できなきゃ話にならない。てか普通にMリーグMVPなってほしい。自分のポイントじゃなくてチームのポイントが大事だからと言われても私は浅井堂岐に誰よりも輝いてほしい。マジ何連覇だってしてほしいのに、ようやくこんなに浅井堂岐の魅力が知られっていうのに。

 

浅井堂岐と交わした約束が蘇る。いや約束だと思っているのは私だけで浅井堂岐さんは全て忘れているだろうけれど。沢山現場に行っていたから小さいことからバカすぎる話まで色々あるけど、今年の誕生日はオリシャン入れるって言ってたの、叶わなそうだ。オリシャンというもの、まだ堂岐さんに入れたことがなかったから、少し寂しい。それから今年は去年行けなかった年末のげんたかきリーグ決勝進出したんだけど、浅井堂岐さんのもと戦うのはまた来年以降になりそうだ。代役の監督が多分きてくれるんだと思うけど今年も頑張るからまた来年も出たい。

 

最早本当に呪いのようになってきた。申し訳ない。私は地縛霊だ。ここで永遠に待ってるから、焦らずゆっくりなるべく早く元気な姿で戻ってきてください。

 

日々思考の言語化としてTwitterを使っているので、センセーショナルな話題に対しても自分の思うところはあるのだが、Twitter言語化すると共通悪のようなものがいない限りは人と意見が違えその人の目にも留まるわけでその時議論したいほど熱量もないが思ったことだけ言語化して記録しておきたい。というはてブロ。

 

まず、私はサクラナイツのファンではないし、内川幸太郎プロの退団の是非についてへはあまり意見がない。ただ、今までのMリーガーの退団の中で、運営と揉めたんだろうなと言うのが一番伝わってくるnoteを書いていたのが興味深かった。むしろ今まで不和がある雰囲気をだして退団した人はほとんどいなかったように思う。珍しい。渋川配信を全ては見ていないので事情は知らないがまぁ運営と選手の不和、あるいは選手同士の不和、そんなこともおきうるだろう。当然。

 

ただ、内川プロが「本当はもっと早くに伝えたかったが運営から許可が降りなかった」旨を愚痴っぽく書いているのはあまり得策でないと感じる。運営には運営の事情があって、Mリーグセミファイナル、ファイナルの間にかなりセンセーショナルな退団の話題が出ていたら、こんなに優勝争いの最終日が盛り上がっていたかもわからない。あくまで退団はサクラナイツ個人の事情であって、Mリーグ全体の流れを遮ることができるかどうかというと...と運営が考えるのは決して間違ってはいないと思う。それだったらグッズ買わなかったのに!というファンの方は気の毒だし良い面も悪い面もあるが、それでも運営が発表を止めたのは単なる意地悪ではないだろう。どちらにも正義はある。そこが思い通りにいかなかったと表明するのは身内に優しく、真摯だが、視点は一つ欠けている。

ただ、良くも悪くも素直で熱い、そこが内川幸太郎プロのいいところだといわれて納得した。確かに私は内川幸太郎の表情が手つきが好きだった。感情が昂るのを押し殺してなお有り余るような。

 

大前提として私はチーム戦が好きだ。将棋そのものよりもABEMAトーナメントが、麻雀そのものよひもMリーグが好きかもしれないと言うぐらいチーム戦が好きだ。チームの雰囲気と関係性を食って生きているといっていい。

 

しかし、「レギュレーションに退職しないならメンバーを変えないでほしい」という意見には賛同できない。なぜならあれはお金のかかった、大会だからだ。ファンはエンターテインメントとして消費しているが、企業は毎年毎年5000万争奪戦の最中にいる。レギュレーション外の契約満了も当然に思える。このチームじゃ5000万円を狙えないと出資者が思うのであれば変えねばなるまい。むしろ変えない理由がない。

 

 

ファン感情の良し悪しを問いたいわけではない。ファンはどう思おうが誰に恨みを言おうが、自由である。無関係だからだ。しかし、多井隆晴プロはMリーグの選手である。渋谷ABEMASというチームを勝たせるために選ばれた、四人のうちの一人である。そういう立場の人が、(たとえそれが本心でなくあくまでファンの代弁であったとしても)「レギュレーションにかからないならメンバー変更をやめてくれ」という提言をするのは本当に理解ができない。なぜなら、勝つために呼ばれているはずだからだ。多井さんも勿論そうだろう、松ヶ瀬プロもまた風林火山を勝たせるために選ばれたはずだ。これは個の成績も勿論だが、チームの成績を言う。風林火山が負けないまでも勝てないならば、レギュレーションに接していなくてもメンバー変更が検討されるのは大会の意義として当然のことだ。それを忌避するような発言をするのは、ぬるいと思う。特にそれを他チームへの批判(として受け取られる)ような形で言うのは正直納得いかない。ABEMASがレギュレーションに抵触しなければメンバーを変えないという信念を持っていたとしても自由だが(そんなことはおそらくない気はするが)、それを風林火山に押し付けるのは違うだろう。風林火山は優勝するために変化を選んだ、それだけだ。多井隆晴が視聴者であれば別に良いが、彼は現役の選手だ。あまり視聴者に寄り添いすぎ、視聴者の代弁者となるのは立場が違う。一個人の感情として持っていることは勝手だが、少なくともそれを表立って発信するのは迂闊ではないか。多井さんも、Mリーグ関係なく元々の個人的な付き合いが多いからこそ思うことなのだろう。ギスギスしてほしいわけではない。しかし、全チームが毎年優勝を目指して戦っていると言う状況ーー別にそうでないチームがあるのは構わないが、誰も明言していない以上皆そうであるはずだーーを覆すような発言は、まぁ、あまり聞きたくはないと思った。麻雀はどうしても運が絡むから、実力の議論をするのは難しいし、実力があっても勝てない人はいる。しかし、たとえ実力は世界一でも死ぬほど運が悪くて、本当に運が悪すぎて、全部先制リーチしてるのに全て放銃して負け続けた人がいたとして、三年間負け続けてじゃあ「運が悪いので仕方がないですね」となることはないだろう。チームが負けた責任が運の悪さにあるのであれば、そこは改善ポイントになる。死ぬほど運が悪くてもその人が別の面で(人気か、プレーか、ビジュアルか)必要なのであれば後の3人で勝ちまくるしかない。目標が優勝なのであれば。じゃあレギュレーション自体がどうのと言う議論はまあ別の話だ。

 

とはいえ、こう言う話をつらつらと書いていたら「推しがMリーグを解雇されると言う経験をしてないから言えるんだ」という反論をいただいた。それはまぁそうかもしれないし、そうではないかもしれないし、妄想しかできないのであまり思索として捗るものではないので深追いはしないが、多分私は推しがMリーグから離れることになっても負けた日のリプライと変わらず「お疲れ様でした!」と言うと思う。「お疲れ様でした!この数年Mリーグで活躍するのを見れて幸せでした!これからも応援します!」って。あまりにも想像できるな。それ以上言うことがあまりない。だって、浅井堂岐は勝つために呼ばれたのだ。魚谷侑未東城りおという二人のスターを放出して、浅井堂岐と竹内元太をとったのはセガサミーフェニックスが勝つためだ。勝つために呼ばれたと二人とも言っている。期待通りの勝ちができなければ、クビになるというのは何も当然のことだ。私は浅井堂岐が世界で一番輝くべきだと思っているから、活躍しないなんてことは思っていないがそれでも結果が出なければ受け入れるしかない。そこに向ける感情はない。むしろ素行不良で解雇とかになったら推し本人を許せないかもしれない。

 

なんとなく、Mリーガーになる前から応援していると言うのは大きいかもしれない。私は浅井堂岐がMリーガーでない頃も知っているから、Mリーガーが普遍な状態でないこともわかっている。そのぶん、平気なのかもしれない。私はえむリーガー浅井堂岐を好きになったわけではない、浅井堂岐が好きなのだ。生活の算段はついてる?大丈夫?とは思うけどそこはファンが支えられるなら支えたい。変わらずイベントには行くだろう。

 

Mリーガーでなくなるというのは平気だとしてじゃあセガサミーフェニックスを離れると言うのはどうなのか。これに関してはまだわからない。この一年でずいぶん仲良くなったのを見てきたし、四人の絡みが好きだし私は関係性オタクだからこっちのがよほど寂しいかもしれない。でも、元々セガサミーにまさか入ると思っていなかったしな。難しい。これはまだ平気、と言うしかない。今後は平気でなくなるかもしれない。わからない。推しに悪いニュースがあったとして、意外と感情的になりきれないのはちょっと、コンプレックスかもしれない。

自分の意思でなしに死にたい

自分の意思でなしに死にたい。

昔から終わらせることがひどく苦痛な人生だった。ずっと続けてきた習い事をやめると告げる日、別のクラブ活動に入る日、サークルをやめる日。どんな日でも、ただ私の手で私の口で終わらせることが本当に辛かった。やめた方がいいと頭で分かっていても、誰かに関わってもらっているものをゼロにするというのがどうしてもしんどい。別に相手だって面倒くさいだけかもしれないし、私一人いなくなったって人生何も変わらないだろうし、そんな重い話ではないのに、私の口で「もうやめます」という時いつも涙が溢れた。

最近気づいたのだけど多分私は転職ができない。何故ならやめられないからだ。今のところ普通に仕事をしているし、別にすぐやめる気はないがそれはそうとして多分私に転職はできない。いま、リアルで転職を提案してくる人たちが本当に苦痛すぎてSNSなら全員をミュートしたいぐらいだ。考えることも嫌だ。やめるに触れたくない。想像させないでくれ泣くから。本当に嫌だ、絶対に。

かと言ったら永遠に仕事してたいかと言ったら別にそんなことない。休みたい。てか金さえあればやめたい。生活ができないから仕事しなきゃいけないだけで。なのに私の精神はやめるという行為に耐えられない。だから始めてしまったものはやり続けるしかない、いつでも消せるSNSアカウントとは勝手が違う。仕事も、何もかも。

もはや何も始めたくない。終わらせたくないから。何にも。いやだ。仕事辞めれないから、もうあと何十年もこのまま生き続けなければならないんだと考えると、途方に暮れる。あと何年、何年?普通に未来のことを考えるとしんどいとしか言えない。想像もしたくない。今が楽しければある程度は和らぐ。だから、早いところ自分の意思でなしに突然私の全てを不可抗力の外部の力で終わらせて欲しい。他人の手で、あるいは避けようのない天災で。それが幸せな死に方かもしれない。

noteのカスの部分

最近自分の自我がオタクからはなれてきていて、怖い。世間的には、社会的にはもういい年齢でオタクを脱却しなければならない時が来ただけなのかもしれないが、それでも自分が失われていくようで怖い。仕事が忙しいからなのか(容量が悪いだけでそんな大したことはしてないが)外の世界への興味が薄れてきてしまった感覚がある。昔はもっと新しい情報を常に摂取し続けていなければつまらなかったのに、本も読めないしSNSも見れない。この正月休みに急速にさや香にハマったのが久々の感覚で、それはすこし良かった。しかし、オタクから脱却したなんて言っても私の対人コミュニケーションは非常にオタク的であって、リアル乙女ゲームプレイヤーの振る舞いをするから側から見たらオタクであることはモロバレだと思う。最近気づいたのは、私は他人への好感度だけで無用な労働を出来るのだなということだ。本当に推し活に向いている。上司が好きだし、先輩が好きだし、同期が好きなので、私は頼まれたことなんでもできる。昨年に関してはゼロ績だが、自分の成績を作る部分の労働は外の世界の推し活に支えられている。3月に山口と沖縄に行く予定を入れたので、一月二月で稼がねばならない。目指せ百万。会社のシステム的に無理ではない。ホス狂やってるぐらいがもしかしたら一番働けるかもしれん。
「自分のこともできていないのに、他人のことをやるなお金を使うな気にするな」とよく親に怒られる。本当に何も反論できない。でも行動原理が全部そうだから、それを脱却しようとすることができないのだ。しかし、そんな私もだんだんと外の世界への興味を失いつつある。コンテンツの消費者としての元気が、減っている。だめかもな。もう。

 

 

関係ないが先日某プロに「浅井くんが有名になって遠い人になって大変だねぇ」みたいなことを言われてちょっとキレそうになった。そう思われてるのかまぁ間違ってないが......。

嫌われるのは怖くないが、諦められるのは怖い。

何やってもうまくいかないと歌いたくなる気持ちは多分多くの人が共感するところだと思うけれども、最近本当に何やってもうまくいかない気がする。しかし、これは私に関しては被害妄想でしかなくて、正確には何もやってないから何もうまくいっていない状態である。当然、因果応報、自業自得。ばーか。

 

別に私は不幸な境遇ではない、大変な環境でもない、嫌いな人もいなければ、生活に苦もない。お金にも困っておらず、食べ物にも困っていない。好きに動いている。重大な人生の岐路に立たされているわけでもなく、決断を迫られているわけでもない。主観的に見て、間違いなく幸せである。それなのにまるで不幸の真っ只中にいるようなことばかり口にしているのは、間違いなく私のこれまでの怠惰ゆえである。私が人間関係の構築を怠り、正当なコミュニケーションの洗練を怠り、努力とかけ離れた生活を送ってきたが故の甘え。結局全ては自分が悪い。

 

同期の起案プレゼンテーションに勝手に口を出した。迷惑な話だ、ほっておけばいいのに。それでも口を出したくなっちゃうのが本当に悪いところで、他人と議論するのが好きと言えば聞こえがいいが、反論してこない相手を打ち負かすのも好きだ。こうやって他人にマウントをとって生きているクソくだらない人間。ほんとうに明確な欠点である。そもそも勝手な口出しが真に親切心から出た行動であるならば、多分こんな考えになることはないはずなのだ。私のそれはまるで親切心ではない、おせっかいの押し付けによる承認欲求の発散だ。私ってこんなによくできるのよと言いたいがためだけに他人におせっかいを押し付ける、最悪の人間。それが相手のためになるなら百歩譲って世間的にも許されるかもしれないが、実際にはそんなことにはならない。ただ介入してただ自分好みにして、やや的外れな論理をくみたて、当然に褒められもせず、感謝されることもなく、承認欲求を持て余してしんでいく。しんどけ。てかそもそも冷静に考えて、起案があるだけ同期のが成績がいいんだから、まっっっったく持ってマウントにすらなっていない。はっっず!相手が問題にすらしていない小さな小さなフィールドに勝手に引き込んで勝手に勝とうとしている。ばかすぎ。せめて営業成績でマウント取れるようになれ。

 

しかも、最悪なのがそのために自分の何かを瞬間的に犠牲にできてしまう。今日であれば終バス。私は終バスに乗るためなら10時に会社を出なければいけないことを分かりながら、無視をした。何故ならその方が他人のために自分を犠牲にした可哀想な人になれるから。最悪。私の夢は多分いまだにシンデレラだ。つねに私の尊い犠牲をわかってくれる王子様を探している。そうは言っても、勝手に残業をしているだけの人間は何も褒められる所以などない。やってから自覚して毎回惨めになる。勝手に何かを犠牲にして、別に褒められるはずがないのだ。だって私の終バスの時間なんて誰も知らないから。当たり前だ。そりゃそう。撮れる写真を撮らなくたって、人に順番を譲ったって、勝手にやったことだからなんだこいつとは思われても褒められるはずがない。私は勝手に自己犠牲に浸って、誰も言及しない現実を見て我に帰る。

 

褒められたいなら本当に褒められる行いをすればいいだけなのに、気づいてもらえないのが惨めでそれができないのが一番タチが悪い。別に自分の時間を切り裂いておせっかいを押し付けても、誰も褒めてくれるわけないのにね。たとえ、私が勝手に口を出してひっそりと私の終電がなくなっても勝手に残業しただけなのだから、誰も褒める人はいない。当たり前だ。勝手に残業したんだもん。褒められようとするのが悪い。しいてギリギリ人の形を保てているのは、自分から「あー終電無くなっちゃった笑」とは言わないところだ。これでそれを言いだしてしまったら、他人に感謝すらも押し付けるもう救いようのないモンスターだ。まだぎり言わない理性がある、そしてひっそり私が意味のない消耗をする。いや本当に今日の残業何の意味もなかった。せめて同期のプレゼンに少しはプラスになっていたらいいけど。こいつ使ったやんぜハハでもいい。マイナスにさえなってなければ。

 

結局私は他人に感謝させるために生きている割に、真に親切な行為はできない気の利かない人類で、そのギャップが終わりの生態を生み出している。自然に感謝してもらえるような、周りをよく見てよく気づきよく愛される人間になれればこの負のスパイラルはマシになるはずだ。別にわたしが貯金一万円だというのに一人も客のいない無名なプロのゲストに五時間居座って貯金を叩き切って破産しても誰にも気づかれないが、真に相手が欲している行為をできれば自然と感謝されるはずなのだ。そうするとやっぱりいかに自分が視野の狭い人間なのかと言うのに目がいく、自然に生きていたら感謝されることがないから余計な行動で感謝されにいこうとしてしまうのだ。

 

恥ずかしい。自分が成立しているのは、周りの人が私を受け入れてくれたからであって、私に生き残るだけの人間力があるわけではない。私に友人がいると言う事実にたまに絶望する時がある、一体どれだけ傷つけてどれだけ失望させてなおまだわたしにわらいかけてくれているのだろうか?私と付き合うと言うのは、びっくりするほどコスパが悪いと思う。だって身近な人にほど酷いことばかりするのだから!(自覚があるならどうにかしろって話、本当に。)麻雀界隈でも同様である。一体浅井さんはこれまでどれだけ私の無礼と失言耐えていらっしゃるのだろうか、怖くて時々死にたくなる。私は、私の周りの人間に受け入れていただいているから生きていられることをもっと重く受け止めて感謝をしなければならない、全然足りていない。そして感謝に合わせてこれまで私から離れて行かずにまだ笑いかけてくれる人たちをもっともっと大切にするのだ。人を!!!大切に!!!今あるものがまだ取り返しがつくのかはわからない。でもこのままじゃ未来永劫同じことをして同じだけ他人を傷つける。未来を取るために今を少しでもマシにして行かなければ、待っているのは本当に何も残らない自分だ。

嫌われるのはもう怖くないが、諦められるのはまだ、怖い。